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『偽りのサイクル』ジュリエット・マカー
2014年06月19日(木)
Cycle of Lies:The Fall of Lance Armstrong

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 副題は『堕ちた英雄 ランス・アームストロング』。
 そのタイトルの通り、ツール・ド・フランス7連覇を達成したアームストロングの虚偽と虚飾に満ちた人生の内幕が克明に、そして赤裸々に綴られている。

 アームストロングのドーピング問題に関しては、昨年出版されたタイラー・ハミルトンの『シークレット・レース』(ダニエル・コイルとの共著)が大反響を巻き起こしたばかり。
 しかし、アームストロングの人物像や自転車競技界全体の内幕も含めて、より網羅的で包括的な内容を有しているという意味では、本書『偽りのサイクル』が現時点での決定版と言っていいだろう。

 著者ジュリエット・マカーは、長年アームストロングの仇敵として知られたニューヨーク・タイムズのスポーツ記者。
 スポーツ・ノンフィクションにしては今時珍しく、約450ページ、上下2段組みという大変なボリュームだ。
 それだけアームストロングのスキャンダルが複雑で、政治的かつ経済的な背景もあり、関係者が多数に上るため、全体像を紡ぎだすのが困難な問題だったことを物語っている。

 告発本だった『シークレット・レース』と異なる最も大きな本書の特長は、アームストロングがテキサス州オースティンの豪壮な自宅に著者を招き、現在の心境を率直に(と思う)語っている点だ。
 しかも、収入が途絶えてしまったためにその邸宅を売却し、引っ越しを明日に控えて次から次へと家財道具が運び出されているという状況で、である。

 著者が最初に指摘するのはドーピングではなく、アームストロング物語において欠かせない要素の一つだった「家族愛」についてのウソだ。

 実父や養父との冷えきった関係もさりながら、シングルマザーとしてランスを育てた母親リンダ、貞淑な妻を装っていたクリスティンの実像≠ノは、改めてガッカリさせられるファンも少なくあるまい。
 恋人だったシェリル・クロウが血液ドーピングのため、アームストロングに付き添ってわざわざベルギーまで足を運んでいたというエピソードにも鼻白む思いがした。

 次に、チームメートによる告発。
 『シークレット・レース』で触れられていなかったヴォーターズ、ザブリスキー、ヴァンデヴェルデ、またアームストロングが目の敵にしていたフランキーとベッツィのアンドリュー夫妻の証言が極めて興味深い。

 このくだりで最もゾッとさせられるのは、キーマンとなったランディスの常軌を逸した言動である。
 もともと極めて厳格なキリスト教メノナイト派の家庭に育ち、罪の意識に苦しみながらもアームストロングに強要されたドーピングを拒絶することができず、チームを離れてからも自ら薬物を断つことができない。

 著者はさらに、ランディスの個人トレーナーだったリムにもインタビューし、リムの目を通して、ランディスが人間性を崩壊させてゆく様を描いてゆく。
 ランディスが優勝した2006年のツールでは、ランディスが親友と読んでいた義父が薬物の運び屋を務めていた。
 そのツールでランディスのドーピングが発覚し、囂々たる非難の嵐の中、義父は拳銃自殺を遂げてしまう。
 あまりの痛々しさに言葉もない。
 
 その一方、アームストロングを追い詰めた全米アンチドーピング機構(USADA)のタイガートとはどのような人物なのか、これを明らかにしたのも本書が初めてだろう。
 USADAとの戦いに心身ともに疲れ果て、髪も髭も伸ばし放題、まるでロビンソン・クルーソーのようになったアームストロングが、ついに初めてタイガートと対決≠キるクライマックスには、思わず手に汗握った。

 しかし、本書のクライマックスはもう一つ先にある。
 アームストロングがツール6連覇を達成した2004年以降、ここまで根掘り葉掘り取材し続け、約10年間に及ぶドーピングと数々のウソについて動かぬ証拠を突きつけてきた著者に、アームストロングは何を語ったのか。

 ぼくはアームストロングの2冊の自伝『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』、『毎秒が生きるチャンス!』を2年遅れぐらいで読んでいる。
 自転車界のドーピングを最初に告発したポール・キメイジの『ラフ・ライド』も読んだ。
 つまり、ほぼオンタイムでアームストロング物語≠追いかけ、感動し、自らも自転車に乗っているぼくにとって、アームストロングが最終章で語った言葉は、個人的に特別な意味を持っている。
 
 ある意味、アームストロングの正体も真髄も、すべてはこのエンディングで見せる言動に集約されていると言ってもいい。
 おかしな話で、自分でも意外だったのだが、ぼくはこのアームストロングのセリフを読んで、ほとほとうんざりしながらも、やはり心のどこかで感動していた。
 この「堕ちた英雄」が吐いた言葉には、ここまで「堕ちた」人間でなければ表現できない迫力があったのだ。

(発行:洋泉社 翻訳:児島修 初版:2014年6月7日 定価:2400円=税別)