Trumbo

ブライアン・クランストンがアカデミー主演男優賞候補にノミネートされ、今夏公開されたばかりの伝記映画
『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』の原作ノンフィクション。
ただし今年の新刊ではなく、クランストンが演じた脚本家ダルトン・トランボが亡くなった翌年の1977年に刊行されており、米本国でもすでに絶版となっていたのだが、映画版の公開に合わせて復刊、日本でも初めて翻訳版が発売された。
実に38年ぶりの再版が実現した経緯について、映画の脚本を書いたジョン・マクナマラが序文で詳しく解説している。
最初のきっかけは2008年、マクナマラの自宅を訪ねた友人のプロデューサー、ケヴィン・ケリー・ブラウンがたまたま書斎の本棚にあったこの本を見つけたことにある。
ブラウンが「彼はすごいやつだよ」と言うので、マクナマラはてっきり脚本家の大先輩トランボのことかと思ったら、ブラウンが称賛していたのは著者ブルース・クックのほう。
クックは知る人ぞ知る伝記作家兼ジャーナリストで、彼も2003年11月に71歳で亡くなったばかりだった。
そんな偶然の出来事が契機となって、ブラウンが製作を担当、マクナマラが脚本を執筆し、映画版『トランボ』の製作がスタートしたという。
これだけでも十分面白いインサイドストーリーが書けそうな話だ。
この原作が映画版と大きく異なっているのは、晴れて復権したトランボが1970年、全米脚本家組合(WGA)に贈られた功労賞の受賞スピーチで、自分たちをブラックリストに入れて迫害した人間たちをも含めて、「赤狩りの時代に加害者はいなかった。全員が被害者だった」と語ったくだり。
映画版では大変感動的な場面として描かれていたが、実際はハリウッド・テンの仲間から「ひとりだけ寝返った」と猛反発を受けていたのだ。
とりわけ痛烈に非難していたのがアルバート・マルツで、トランボと何度も激烈な手紙のやり取りをしていたことが明かされている。
ちなみに、マルツは映画版には登場せず、複数の脚本家を組み合わせた架空の人物に置き換えられており、両者の確執についても一切触れられていない。
また、著者クックはトランボの有り余る才能、不屈の精神力をきちんと評価する一方、大変な見栄っ張りで、まともな経済観念に乏しく、家族や友人も呆れるほどの浪費癖があったことも指摘。
トランボほどの筆力があれば本格的な小説を書き、作家生活に移行するべきで、そのチャンスもあったはずなのに、結局映画の世界にとどまったのは、派手な生活をするための金がほしかったからではないか、という見解も示している。
映画ほどにはしんみりと感動できないが、より詳しく書かれているぶん考えさせられることも多く、複雑な余韻が残った。
ノンフィクションライター、シナリオライター、及びその志望者は全員必読。
(発行:世界文化社 翻訳:手嶋由美子
初版第1刷:2016年7月15日 定価:2000円=税別
原語版発行:1977年
復刻版発行:2015年)